NHKラジオ第2放送はなぜ終了したのか〜95年間の歴史と教育・語学放送の役割を振り返る〜

2026年3月29日の深夜、NHKラジオ第2放送が終了しました。

1931年4月6日に東京で第2放送が始まってから、約95年。語学講座や学校教育、教養番組などを通じ、日本の「学び」を音声で支えてきた放送波が大きな節目を迎えました。

NHKは2026年3月30日から、それまでのラジオ第1、ラジオ第2、FMという3波を「NHK AM」と「NHK FM」の2波へ再編しています。ラジオ第2で放送されていた教育・語学番組の多くは、NHK FMなどへ役割を引き継ぐことになりました。

ラジオ第2の終了は、単に一つのラジオチャンネルがなくなったという話ではありません。日本の教育放送の歴史、全国を結んできた大出力の中波放送網、そしてインターネット配信を含むメディア環境の変化を象徴する出来事です。

この記事では、NHKラジオ第2放送がどのような役割を担ってきたのか、その歴史と放送設備、終了に至った背景を振り返ります。

1931年に始まったNHKラジオ第2放送

NHKラジオ第2放送の歴史は、1931年4月6日に東京中央放送局が第2放送を開始したことから始まります。

日本の本格的なラジオ放送が始まったのは1925年です。当初は一つの放送波でさまざまな番組を届けていましたが、放送内容を充実させるために第2の放送波が設けられました。

第2放送では、開局当初から講座や教育、教養に重点を置いた番組が編成されます。その後、大阪や名古屋などにも第2放送が広がり、日本の教育放送を支える放送網へと発展していきました。

太平洋戦争中の1941年には第2放送が休止されましたが、終戦直後の1945年9月1日に再開します。

戦後は学校教育の補完だけでなく、農業や漁業など生活や産業に結び付いた番組、一般向けの教養番組なども放送されました。テレビやインターネットが存在しなかった時代、ラジオを通じて全国へ同じ知識を届けられることには大きな意味がありました。

語学講座を支えてきた教育放送

NHKラジオ第2放送と聞いて、多くの方が最初に思い浮かべるのは語学講座ではないでしょうか。

英語をはじめ、中国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語、イタリア語、ハングルなど、多くの外国語講座が長年にわたって放送されてきました。

「基礎英語」などの番組とNHK出版のテキストを組み合わせ、決められた時間にラジオの前で勉強した経験を持つ方も多いと思います。

ラジオ第2の特徴は、単発の情報を届けるというより、毎日あるいは毎週決まった時間に継続して聴くことで知識を積み上げていく番組が多かったことです。

現在のオンデマンド配信のように、好きな時間に再生する仕組みとは異なります。決まった時間にラジオをつけ、テキストを開き、番組と一緒に学ぶ。その生活習慣そのものが教育システムの一部になっていました。

学校教育を補う番組やNHK高校講座、一般向けの教養番組も含め、ラジオ第2は長年にわたって「教育を専門とするラジオ放送」として独自の位置を占めてきました。

学校教育から生涯学習へ

ラジオ第2が担ってきた役割は、95年間ずっと同じだったわけではありません。

戦後しばらくは学校教育や産業教育を補完する役割が大きく、地域ごとの教育番組なども放送されていました。その後、テレビの普及や教育環境の変化によって学校向けラジオ番組は次第に整理されていきます。

一方で、語学講座や一般向け教養番組の存在感は高まりました。

1980年代には生涯学習を意識した番組編成が強化され、文化、歴史、文学、芸術などを扱う教養番組も充実します。

子どもや学生だけの教育放送から、年齢を問わず学ぶことができる生涯学習の放送へ。

ラジオ第2は、日本社会の変化に合わせて役割を変えながら長く続いてきたことが分かります。

全国を支えた大出力の中波放送網

無線やBCLの視点からNHKラジオ第2放送を見ると、番組内容とは別に非常に興味深い特徴がありました。

全国に構築されていた中波の送信ネットワークです。

ラジオ第2はラジオ第1のように各都道府県の放送局を中心として県域放送を行う仕組みではなく、全国共通の番組を放送することを前提としていました。そのため、東京、札幌、秋田、熊本の500kW局と大阪の300kW局という大出力局を中心に広い地域をカバーし、それ以外の放送局や中継局で受信しにくい地域を補完する独特なネットワークが構築されていました。

このため、すべての都道府県に独自のラジオ第2放送局とコールサインが存在していたわけではありません。

北海道についてはNHKの各放送局単位、それ以外については都道府県単位で、主となっていたラジオ第2の放送局を整理すると次のようになります。

北海道

放送局コールサイン周波数出力
札幌JOIB747kHz500kW
函館JOVB1467kHz1kW
旭川JOCC1602kHz1kW
帯広JOOC1125kHz1kW
釧路JOPC1152kHz10kW
北見JOKD702kHz10kW
室蘭JOIZ1125kHz1kW

北海道では札幌の747kHzが500kWという大出力で放送され、そのほか函館、旭川、帯広、釧路、北見、室蘭にそれぞれラジオ第2の放送局が置かれていました。

東北

都道府県放送局コールサイン周波数出力
青森県青森JOTC1521kHz1kW
岩手県盛岡JOQC1386kHz10kW
宮城県仙台JOHB1089kHz10kW
秋田県秋田JOUB774kHz500kW
山形県山形JOJC1521kHz1kW
福島県福島JOFD1602kHz1kW

秋田の774kHzは500kWで、東北地方だけでなく夜間には日本各地で非常に強力に受信できるラジオ第2の代表的な周波数でした。

関東

都道府県放送局コールサイン周波数出力
茨城県東京JOAB693kHz500kW
栃木県東京JOAB693kHz500kW
群馬県東京JOAB693kHz500kW
埼玉県東京JOAB693kHz500kW
千葉県東京JOAB693kHz500kW
東京都東京JOAB693kHz500kW
神奈川県東京JOAB693kHz500kW

関東では県ごとにラジオ第2の独立した放送局を設けるのではなく、東京のJOAB・693kHz・500kWを中心とした広域的なサービスが行われていました。

なお、JOABの送信所は東京都内ではなく、埼玉県久喜市にある菖蒲久喜ラジオ放送所です。

甲信越

都道府県放送局コールサイン周波数出力
新潟県新潟JOQB1593kHz10kW
山梨県甲府JOKC1602kHz1kW
長野県長野JONB1467kHz1kW

山間部などでは、このほかにも中継局が設けられていました。ここでは都道府県単位の主な放送局を掲載しています。

北陸

都道府県放送局コールサイン周波数出力
富山県富山JOIC1035kHz1kW
石川県金沢JOJB1386kHz10kW
福井県福井JOFC1521kHz1kW

石川県では金沢のJOJBが1386kHz・10kWで放送していました。このほか輪島などに中継局が置かれ、県内の受信環境を補っていました。

東海

都道府県放送局コールサイン周波数出力
岐阜県名古屋JOCB909kHz10kW
静岡県静岡JOPB639kHz10kW
愛知県名古屋JOCB909kHz10kW
三重県名古屋
大阪
JOCB
JOBB
909kHz
828kHz
10kW
300kW

静岡県には静岡JOPB・639kHzのほか浜松1521kHzなどが存在しましたが、ここでは県単位の主な放送局を掲載しています。

岐阜県や三重県では独立した県域のラジオ第2放送局を置くのではなく、名古屋を中心とする放送網や中継局によって補完されていました。

近畿

都道府県放送局コールサイン周波数出力
滋賀県大阪JOBB828kHz300kW
京都府大阪JOBB828kHz300kW
大阪府大阪JOBB828kHz300kW
兵庫県大阪JOBB828kHz300kW
奈良県大阪JOBB828kHz300kW
和歌山県大阪JOBB828kHz300kW

近畿地方の中心となっていたのが大阪JOBB・828kHzです。

送信出力は300kW。東京、札幌、秋田、熊本の500kWには及ばないものの、日本の中波放送としては非常に大きな出力でした。

京都、兵庫、和歌山などには地域の受信状態を補う中継局がありましたが、ネットワークの中心は大阪でした。

中国

都道府県放送局コールサイン周波数出力
鳥取県鳥取JOLC1125kHz1kW
島根県松江JOTB1593kHz10kW
岡山県岡山JOKB1386kHz5kW
広島県広島JOFB702kHz10kW
山口県山口JOUC1377kHz5kW

山口のラジオ第2は防府送信所から1377kHz・5kWで放送されていました。中国地方にも各県の主要局に加えて複数の中継局が存在しました。

四国

都道府県放送局コールサイン周波数出力
徳島県大阪JOBB828kHz300kW
香川県高松JOHD1035kHz1kW
愛媛県松山JOZB1512kHz5kW
高知県高知JORB1152kHz10kW

徳島にはかつて独自のラジオ第2放送局がありましたが、1973年に廃止され、その後は大阪828kHzを中心とするサービスエリアに組み込まれていました。

九州・沖縄

都道府県放送局コールサイン周波数出力
福岡県福岡JOLB1017kHz50kW
佐賀県熊本JOGB873kHz500kW
長崎県長崎JOAC1377kHz1kW
熊本県熊本JOGB873kHz500kW
大分県大分JOID1467kHz1kW
宮崎県宮崎JOMC1467kHz1kW
鹿児島県鹿児島JOHC1386kHz10kW
沖縄県沖縄JOAD1125kHz10kW

佐賀県には独立したラジオ第2放送局がなく、熊本JOGB・873kHz・500kWを中心とするサービスエリアに含まれていました。佐賀の第2放送は1974年に廃止されています。

この一覧からも、ラジオ第2が一般的な県域ラジオネットワークとはかなり異なることが分かります。

東京693kHz、札幌747kHz、秋田774kHz、熊本873kHzの4局は500kW、大阪828kHzは300kW。全国共通の教育・語学番組を、少数の大出力局と各地の補完局で全国へ届けるという、非常に特徴的な送信網でした。

中波だから遠くまで届く

AMラジオで使われる中波には、FM放送とは異なる電波伝搬の特徴があります。

昼間は主として地表に沿って伝わる地表波によって受信されますが、夜になると電離層による反射の影響が大きくなり、数百km以上離れた放送局が受信できることがあります。

もちろん夜間の中波には、複数の放送局による混信やフェージングも発生します。

それでも500kW級の大出力で送信されていたNHKラジオ第2は、遠距離でも確認しやすい放送局でした。

BCLや無線を楽しんできた方にとって、693kHzの東京、774kHzの秋田、873kHzの熊本などは、遠距離受信の状態を確認するときに耳を傾けた経験がある周波数ではないでしょうか。

これはラジオ第2本来の目的ではありませんが、決まった周波数から安定して放送される大出力電波は、受信コンディションを知る一つの目安にもなっていました。

なぜNHKラジオ第2放送は終了したのか

ラジオ第2の終了は、突然決まったものではありません。

NHKは経営改革の一環として放送波の整理を進め、AMラジオについても2波から1波へ集約する方向を示していました。

その後、NHKは2025年9月30日にラジオ第2放送を廃止する方針を正式に決定します。2025年10月にはラジオ第2放送を行う特定地上基幹放送局の廃止を総務省へ申請し、同年11月28日に認可されました。

背景にあるのは、放送波と設備の効率化です。

中波放送、とりわけ数百kW級の大出力送信所には大規模な送信設備が必要です。送信設備の維持、更新、電力などに相応のコストがかかります。

同時に、ラジオを取り巻く環境そのものも大きく変わりました。

語学学習ひとつを見ても、かつては決まった時間にラジオを聴くことが一般的でしたが、現在ではインターネットを利用して好きな時間に音声を聴けるようになっています。

こうした環境の変化と放送設備の効率化が重なり、ラジオ第2という独立した放送波を維持する時代から、既存のAM・FMとインターネット配信を組み合わせて番組を届ける方向へと移っていったと考えるのが適切でしょう。

ラジオ第2の終了は教育番組の終了ではない

ここで区別しておきたいのは、「ラジオ第2の終了」と「教育・語学番組の終了」は同じではないということです。

NHKは2026年3月30日からラジオ放送を「NHK AM」と「NHK FM」の2波に再編し、ラジオ第2で放送してきた番組を両波へ移行しています。

つまり、今回大きく変わったのは「教育番組を専用の中波放送で全国へ届ける」という仕組みです。

ラジオ第2が約95年間積み上げてきた語学、教育、教養という役割までなくなったわけではありません。

放送波そのものは再編されても、番組を通じて学ぶという役割は別の放送波やインターネットへ引き継がれていきます。

BCLにとってラジオ第2終了後の周波数も興味深い

ラジオ第2の本放送終了は、BCLにとって寂しい出来事である一方、別の意味では新しい楽しみも生まれます。

それは、

「これまでラジオ第2が強力に聞こえていた周波数で、今度は何が聞こえるのか」

という興味です。

中波では夜間になると電離層伝搬によって数百kmから場合によってはさらに遠方の放送局まで受信できることがあります。そのため、同じ周波数を国内の大出力局が使用していると、海外局を狙う際には非常に大きな障害になります。

特に500kWのラジオ第2が存在していた周波数では、その傾向が顕著でした。

これまで強力なラジオ第2の陰に隠れていた海外局

2023年にNorth Korea Techがまとめた資料では、ラジオ第2の大出力局と同じ周波数を使用する海外局として、次のような例が挙げられています。

周波数これまでのNHKラジオ第2同一周波数で注目できる海外局の例
693kHz東京 JOAB 500kW中国・陝西省方面の中波局
747kHz札幌 JOIB 500kW中国・四川省方面、韓国KBS光州
774kHz秋田 JOUB 500kW中国・湖北省方面の中波局
828kHz大阪 JOBB 300kW中国の中波局
873kHz熊本 JOGB 500kW中国・福建省方面、北朝鮮・新義州の朝鮮中央放送

たとえば747kHzでは、札幌から500kWで送信されるJOIBと韓国のKBS光州が同じ周波数を使用していました。

北海道や東北などで747kHzを受信すればJOIBが圧倒的に強く、同じ周波数の海外局を分離することは簡単ではありません。

873kHzも興味深い周波数です。

熊本JOGBが500kWで送信していた一方、北朝鮮の新義州からも朝鮮中央放送が同じ873kHzを使用しているとされています。中国福建省方面にも同一周波数の局があります。西日本でこれらを狙う場合、これまでは熊本の500kWという非常に強い国内波が存在していました。

693kHzも同様です。東京JOABは埼玉県久喜市から500kWで送信され、日本の広い地域で受信できました。同じ693kHzには中国の局も存在するため、JOABが強力に入感する地域では海外局を探すこと自体が難しい周波数でした。

同一周波数だけでなく隣接周波数にも注目

BCLの観点では、ラジオ第2が使っていた周波数そのものだけを調べればよいわけではありません。

隣接する周波数も興味深くなります。

日本を含むアジア・太平洋地域の中波放送は基本的に9kHz間隔で配置されています。

たとえば693kHzなら684kHzと702kHz、747kHzなら738kHzと756kHz、774kHzなら765kHzと783kHz、828kHzなら819kHzと837kHz、873kHzなら864kHzと882kHzが隣接チャンネルになります。

受信機の選択度や受信地点にもよりますが、近距離から数百kWという非常に強い電波が入っている場合、その信号が隣接チャンネルの受信にも影響することがあります。

そのため、

「聞きたい局は隣の周波数なのに、ラジオ第2が強すぎて受信しにくかった」

というケースも考えられます。

同一周波数の混信がなくなることに加え、隣接周波数への強力な信号の影響が小さくなれば、これまで聞き取りにくかった海外中波局が浮かび上がる可能性があります。

702kHzも注目したい周波数

500kW局以外にも興味深い周波数があります。

その一つが702kHzです。

ラジオ第2では北見JOKDと広島JOFBがともに702kHz・10kWで放送していました。

一方、北朝鮮の清津からも朝鮮中央放送が702kHzを使用しているとされています。

特に日本海側や北海道などでは、これまで国内のラジオ第2と重なっていた海外局を改めて狙ってみるという楽しみ方が出てきます。

ラジオ第2がなくなった周波数をバンドスキャンする楽しみ

2026年3月30日時点では、ラジオ第2の本放送が終了したばかりです。

したがって、これまでラジオ第2が使用してきた各周波数で、実際にどの放送局がどの程度受信できるようになるのかは、受信地点や時間帯、季節、電離層の状態、アンテナ、受信機によって大きく異なります。

「この周波数なら必ずこの海外局が聞こえる」というものではありません。

だからこそ、BCLとしては面白いのだと思います。

693kHz、702kHz、747kHz、774kHz、828kHz、873kHzをはじめ、これまでラジオ第2が強力に聞こえていた周波数に改めてダイヤルを合わせる。

夜間にどの局が浮かび上がってくるのかを探す。

同じ周波数の海外局だけでなく、その上下9kHzの隣接チャンネルも確認してみる。

受信場所によっては、中国、韓国、北朝鮮など東アジアの中波局が、これまでとは違った聞こえ方をする可能性があります。

ラジオ第2の終了を「聞こえなくなる放送局」という視点だけで見るのではなく、「これまで聞こえなかった電波が聞こえるかもしれない」という視点で中波帯を観察することも、BCLならではの楽しみ方ではないでしょうか。

95年間続いた巨大な中波ネットワークが姿を消すことで、日本の中波帯の受信環境そのものが大きく変わります。

ラジオ第2の歴史が終わる一方、その周波数を舞台にした新しいDX受信の楽しみが始まることになります。

95年間にわたり日本の学びを支えた放送

1931年に始まったNHKラジオ第2放送は、戦前、戦後、高度経済成長、テレビの普及、そしてインターネットの時代まで、日本社会の大きな変化を経験してきました。

学校教育を補い、語学を教え、教養を届ける。

そうした役割を一つの放送波が全国規模で担ってきたこと自体が、日本の放送史の中でも特徴的な存在だったと思います。

2026年3月29日深夜をもって、ラジオ第2という名称での放送は終了しました。

しかし、その95年間に培われてきた「放送を通じて学ぶ」という考え方は、形を変えながらNHK AM、NHK FM、インターネット配信へと受け継がれています。

ラジオ第2の歴史を振り返ることは、一つの放送局を懐かしむだけではなく、日本人がラジオを通じてどのように学んできたのかを振り返ることでもあるのではないでしょうか。

参照

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