アマチュア無線局 JF9OYU/ライセンスフリー無線局 いしかわJK946 です。いつもブログをお読みいただきまして、心より感謝申し上げます。
さて、新潟県にはかつて、FM-NIIGATAと並ぶ二つ目の県域民放FM局がありました。愛称はFM PORT、運営会社は新潟県民エフエム放送株式会社、コールサインはJOWV-FMです。
2000年12月20日に開局し、音楽、地域情報、スポーツ、個性豊かなトーク番組を送り続けましたが、開局20周年を目前にした2020年6月30日、約19年6か月の放送を終えました。
FM PORTの閉局は、突然発生した一つの出来事によるものではありません。開局当初からの赤字の累積、15年以上続いた債務超過、限られた地域広告市場における競争、そして大口スポンサーの出稿停止が重なり、放送事業を継続できなくなったものです。閉局発表と、その後の破産手続に関する報道を読み合わせると、長期的な経営問題に最後の要因が加わった経緯が見えてきます。
新潟県に二つ目の県域FM局が生まれた背景
新潟県で最初の民放FM局は、1987年10月1日に開局したエフエムラジオ新潟、現在のFM-NIIGATAです。JFNに加盟し、全国ネット番組と新潟県内向けの自主制作番組を組み合わせて放送してきました。
これに対し、FM PORT誕生の制度上の起点となったのが、新潟県における二つ目の民放FM用周波数の割当です。旧郵政省は1999年10月29日に新潟県へ79.0MHzを割り当て、2000年3月24日に開設に向けた予備免許の手続を進めました。運営会社の新潟県民エフエム放送株式会社は同年5月17日に設立され、12月12日に本免許を受け、12月20日に放送を開始しました。
現存する公表資料から確実に確認できるのは、この周波数割当、免許、会社設立、開局という流れです。新潟県が選ばれた詳細な政策判断や、当時の市場需要に関する調査内容までは、現在公開されている資料だけでは十分に確認できませんでした。
一部では「新潟県の民放テレビ第5局構想の代わりにFM局が設けられた」とする説も見られますが、これを裏付ける公式資料は確認できません。したがって、FM PORTの設立理由として断定することはできません。
一方、事業面では、先行するFM-NIIGATAとは異なる編成と放送局イメージを打ち出し、リスナーと広告主に新たな選択肢を提示する狙いがあったと考えるのが自然です。当時、新潟県のような五大都市圏以外の地域で県域民放FM二局が並び立つことは珍しく、その挑戦自体が注目されました。
独立局だから実現できた自由な番組編成
FM PORTは、最終的には特定の全国ネットワークに属さない独立FM局として運営されました。
独立局の利点は、系列の番組編成に強く拘束されず、地域やリスナーの反応を見ながら独自の番組を組めることです。その半面、ネットワークから供給される番組やニュース素材に頼りにくく、制作、調達、営業を自ら担わなければなりません。
FM PORTは自主制作番組を中心に、系列の枠を越えてNACK5、K-mix、ラジオ日本などの番組も採用しました。音楽番組だけでなく、アイドル、アニメソング、地域文化、人物インタビュー、アルビレックス新潟や新潟アルビレックスBBの試合中継などを編成し、既存局とは異なる立ち位置を築いていきます。
閉局時の番組表には、遠藤麻理さんの「MORNING GATE」、立石勇生さんの「Mint Condition」、佐藤智香子さんの「four seasons」、島村仁さんの「BEAT COASTER」、「PORT COUNT DOWN 40」「TOKYO→NIIGATA MUSIC CONVOY」「RADIO MANIART」などが並んでいました。
朝から夕方まで長時間の自社制作ワイド番組を置き、その合間にニュース、天気予報、道路交通情報を組み込む構成は、独立局でありながら県域放送局としての日常的な役割を果たそうとするものでした。
2003年10月には「A FRESH NEW LOOK」を掲げ、番組編成やロゴを刷新しています。開局時の新鮮さだけに頼らず、放送局の印象や対象リスナーを再構築しようとした時期だったと考えられます。
79.0MHzを中心に三つの送信所で新潟県をカバー
FM PORTの親局は弥彦山に置かれ、79.0MHz、空中線電力1kWで送信していました。実効輻射電力は4.9kWです。
県土が南北に長く、山間部も多い新潟県を親局だけでカバーすることは困難です。このため、上越地方には高田中継局、中越・魚沼地域には堀之内大和中継局が設けられていました。
| 送信所・中継局 | 周波数 | 空中線電力 | 実効輻射電力 |
|---|---|---|---|
| 新潟親局・弥彦山 | 79.0MHz | 1kW | 4.9kW |
| 高田中継局 | 83.2MHz | 30W | 57W |
| 堀之内大和中継局 | 87.9MHz | 500W | 1.45kW |
2012年4月2日には、BSNラジオ、FM-NIIGATAとともにradikoの実用化試験配信に参加しました。FM PORTがインターネット経由でも聴けるようになったことは、聴取環境を大きく変える出来事でした。株式会社radikoの発表資料にも、新潟県の参加局として新潟県民エフエムが記載されています。
もっとも、radikoへの参加によって聴取機会が増えても、それが直ちに広告売上や収益の増加につながるとは限りません。配信費用や権利処理など、地上波だけの時代にはなかった負担も発生します。デジタル配信は必要な投資でしたが、長年の累積損失を一挙に解消する手段にはなりませんでした。
医王山と稲葉山で受信したFM PORT
私にとってFM PORTは、新潟県内だけで完結する放送局ではありませんでした。
石川県と富山県の県境に位置する医王山、富山県小矢部市の稲葉山では、カーラジオで79.0MHzに合わせると、FM PORTを非常に強く受信できる場所がありました。受信報告書を送り、ベリカードも発行していただいています。
FM放送で使用されるVHF帯の電波は、基本的に見通し距離内を伝わります。送信所と受信地点の標高が高く、途中の山や建物による遮蔽が少ないほど、遠距離でも良好に受信できる可能性が高まります。
弥彦山の高所から実効輻射電力4.9kWで送信された79.0MHzの電波に対し、医王山や稲葉山も平地より高い受信地点です。電波の見通し距離が延び、地形による損失が小さくなるため、北陸側でもカーラジオで実用的な強さになることは伝搬上、不自然ではありません。
ただし、石川県や富山県はFM PORTの放送対象地域ではありません。私の受信経験は、特定の標高、地形、受信設備、気象条件におけるものです。北陸全域で常時同じように受信できたことを意味するものではありません。
放送局が発行するベリカードは、受信日時、周波数、番組内容、受信設備などを記した受信報告に対し、受信を確認したことを示すカードです。FM PORTの法人はすでに清算を終えているため、現在、新たなベリカードを請求することはできません。手元に残るカード、番組表、ステッカーなどは、県域放送局の閉局を伝える貴重な放送史料になっています。
FM PORT開局から閉局までの主な流れ
| 年月日 | 出来事 |
|---|---|
| 1999年10月29日 | 旧郵政省が新潟県に民放FM用79.0MHzを割当 |
| 2000年3月24日 | 開設に向けた予備免許の手続 |
| 2000年5月17日 | 新潟県民エフエム放送株式会社を設立 |
| 2000年12月12日 | 放送局の本免許を取得 |
| 2000年12月20日 | FM PORTとして開局 |
| 2003年10月1日 | 「A FRESH NEW LOOK」を掲げ、編成と局のイメージを刷新 |
| 2008年4月1日 | 緊急地震速報の運用を開始 |
| 2012年4月2日 | radikoで新潟県内向けの実用化試験配信を開始 |
| 2015年12月20日 | 開局15周年 |
| 2020年3月18日 | 取締役会で閉局を決定 |
| 2020年3月31日 | 6月30日をもって停波することを発表 |
| 2020年6月30日 | 24時をもって放送終了 |
| 2020年7月14日 | 新潟地方裁判所が破産手続開始を決定 |
| 2023年10月17日 | 清算結了により法人の登記記録を閉鎖 |
FM PORTはなぜ閉局したのか
FM PORTが2020年3月31日に公表した説明では、以前からスポンサー不足による債務超過が続き、そこへ大口スポンサーからの出稿停止が重なったとされています。番組制作費の削減と営業強化を行ったものの、放送局として経営を継続することは困難と判断されました。
毎日新聞は、2019年3月期の累積損失が約11億1700万円、債務超過が約5700万円に達していたと報じています。2019年3月期の経営状況に関する報道では、単年度の収支だけでは解決できない規模の累積損失があったことが分かります。
「日本民間放送年鑑2019」に掲載された2019年3月期の数値では、売上高5億1668万円、営業利益2962万円、純利益1594万円でした。一見すると黒字ですが、純資産はマイナス5745万円です。単年度黒字を確保した時期があっても、それまでに積み上がった損失を解消するには至っていません。
閉局の背景は、次の四点に整理できます。
長期にわたる債務超過
東京商工リサーチの情報に基づく報道では、開局当初から赤字が続き、15年以上にわたって債務超過の状態にあったとされています。約5億円規模の広告売上を確保していても、設備費、人件費、番組制作費、送信所維持費、配信費などを負担しながら累積損失を解消することはできませんでした。
地域広告市場の限界
県域ラジオ局の主な収入は、地域企業や自治体などからの広告、番組提供、イベント協賛です。首都圏や大都市圏に比べて広告主の数と予算が限られる中、BSNラジオ、FM-NIIGATA、テレビ、新聞、フリーペーパー、インターネット広告などと競わなければなりません。
二つ目の民放FM局が生まれたことでリスナーの選択肢は増えましたが、広告市場そのものが二倍になるわけではありませんでした。
独立局ならではの制作負担
自主制作中心の番組編成は、FM PORTの個性を生みました。その一方で、ネットワークから安定して番組供給を受ける局に比べ、番組制作や調達にかかる負担が重くなりやすい構造です。
もちろん、自主制作番組が多かったことだけを閉局原因とみなすのは適切ではありません。自主制作は地域で支持される理由でもあり、営業上の価値でもあります。しかし、限られた売上の中で長時間の自社番組を維持するには、スポンサーの継続的な確保が必要でした。
大口スポンサーへの依存
最終的な直接要因として公表されたのが、大口スポンサーからの出稿停止です。長年の債務超過を抱える会社では、主要な広告収入が失われた際に持ちこたえる余力がありません。
出稿を停止した企業名や契約内容は公式に発表されていません。根拠のない推測で特定の企業名を挙げるべきではないでしょう。
なお、閉局発表は新型コロナウイルス感染症の影響が急速に広がり始めた2020年3月でしたが、会社が公表した理由は長期の債務超過と大口スポンサーの出稿停止です。新型コロナ禍が閉局の直接原因だったとする公式説明は確認できませんでした。
最後の放送と「停波」の意味
2020年3月18日の取締役会で閉局が決定され、3月31日に正式発表されました。それから約3か月、FM PORTは通常番組と閉局特別企画を放送しながら、最後の日を迎えます。
6月30日20時からは、遠藤麻理さんと松本愛さんが進行する最終特別番組「Many Thanks from FM PORT」が放送されました。歴代ナビゲーターの声や局の歩みを振り返り、最後にコールサインと周波数、リスナーへの感謝を伝え、同日24時、すなわち7月1日午前0時に電波が止まりました。
「閉局」は放送局としての活動を終えることを示す一般的な表現です。「停波」は送信機を停止し、実際に電波を出さなくする技術的な動作を指します。会社としての処理はその後も続いており、放送終了と法人消滅は同じ日ではありません。
新潟地方裁判所は2020年7月14日に破産手続開始を決定しました。負債総額は約2億2000万円と報じられています。総務省によれば、新潟県全域を対象とするラジオ局の閉局は全国初でした。東京商工リサーチの情報に基づく報道では、経営権の譲渡交渉も行われたものの、成立しなかったとされています。
放送終了から3年以上が経過した2023年10月17日、清算結了により法人の登記記録が閉鎖されました。この日付は国税庁法人番号公表サイトで確認できます。
FM PORTが残したもの
FM PORTの閉局は、番組や放送内容の価値が否定された結果ではありません。多くのリスナーに支持される番組があり、地域スポーツや文化を扱い、災害時を含めて県域放送局としての役割を担っていても、事業として継続できるとは限らないことを示した出来事です。
放送局には公共的な役割がありますが、民間放送である以上、広告収入や協賛によって送信設備、制作体制、人材を維持しなければなりません。地域に愛されることと、財務的に存続できることは、密接に関係しながらも同じではありません。
FM PORTの歩みから得られる教訓は、広告主の分散、番組と営業の一体化、イベントやデジタルコンテンツを含む収益源の多様化、地域コミュニティとの関係づくり、そして番組アーカイブの保存です。
放送局がなくなると、番組だけでなく、ウェブサイト、radikoのタイムフリー、番組表、音源、ナビゲーターの日記なども一斉に失われる可能性があります。FM PORTの番組表、録音、ステッカー、ベリカードなどを保管することは、一リスナーの思い出を残すだけではなく、地域放送史の記録を次代へ渡すことにもつながります。
新潟県民エフエム放送株式会社の法人概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 法人名 | 新潟県民エフエム放送株式会社 |
| 英文名 | Niigata Kenmin FM Broadcast Co., Ltd. |
| 法人番号 | 6110001004207 |
| 設立 | 2000年5月17日 |
| 本社所在地 | 新潟県新潟市中央区万代二丁目1番1号 コズミックスビル3階 |
| 事業内容 | 放送法に基づく超短波放送事業 |
| 閉局時の代表取締役社長 | 出口和浩氏 |
| 資本金 | 10億6000万円(2019年3月31日時点) |
| 2019年3月期売上高 | 5億1668万円 |
| 2019年3月期純利益 | 1594万円 |
| 2019年3月期純資産 | マイナス5745万円 |
| 従業員数 | 臨時従業員1人を含む19人(2019年4月1日時点) |
| 放送事業終了 | 2020年6月30日 |
| 破産手続開始決定 | 2020年7月14日 |
| 負債総額 | 約2億2000万円 |
| 清算結了 | 2023年10月17日 |
| 現在の状態 | 清算結了により登記記録閉鎖 |
FM PORTの放送局概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 愛称 | FM PORT |
| コールサイン | JOWV-FM |
| 放送種別 | FMラジオ放送 |
| 放送対象地域 | 新潟県 |
| 開局日 | 2000年12月20日 |
| 放送終了日 | 2020年6月30日 |
| 放送期間 | 約19年6か月 |
| 系列 | 独立局 |
| 親局 | 新潟・弥彦山 79.0MHz、1kW |
| 中継局 | 高田 83.2MHz、30W |
| 中継局 | 堀之内大和 87.9MHz、500W |
| 本社・演奏所 | 新潟市中央区万代二丁目1番1号 コズミックスビル3階 |
| スタジオ | リバーサイドスタジオ、シティサイドスタジオなど |
| radiko参加 | 2012年4月2日 |
| 主な特徴 | 自主制作中心の編成、音楽・地域情報・スポーツ中継、系列を越えた番組調達 |
| 最終特別番組 | Many Thanks from FM PORT |
| 最終番組進行 | 遠藤麻理さん、松本愛さん |
弥彦山から放たれた79.0MHzの電波は、新潟県内の日常を支え、ときには県境を越え、医王山や稲葉山のカーラジオにも届きました。停波後に残った無音は、電波が存在していた時間の重みを、かえって鮮明に伝えています。
FM PORTの19年6か月は、地方に二つ目の民放FM局を根付かせようとした挑戦の記録であり、地域放送の価値と経営の難しさを同時に考えるうえで、今後も検証されるべき放送史です。
参照資料
- 「電波監理審議会(第833回)会長記者会見資料」旧郵政省、2000年3月24日。現在は国立国会図書館インターネット資料収集保存事業で保存
- FMPORTこと新潟県民エフエム、経営難で6月30日に停波、AV Watch、2020年3月31日
- 新潟のFM局・FM PORT、6月末に閉局、Musicman、2020年4月1日
- 新潟 FMPORTが6月末で停波 広告収入減り会社清算、毎日新聞、2020年3月31日
- FM PORTを運営、新潟県民エフエム放送が破産開始決定、Musicman、2020年7月22日
- 新潟県民エフエム放送株式会社が新潟地裁より破産手続開始決定受ける、にいがた経済新聞、2020年7月22日
- 『radiko.jp』が4月2日より新たに民放ラジオ11局参加、株式会社radiko、2012年2月27日
- 新潟県民エフエム放送株式会社の情報、国税庁法人番号公表サイト、2023年10月19日更新
- 『日本民間放送年鑑2019』日本民間放送連盟編、コーケン出版、2019年11月25日、324ページ。民放連の定期刊行物案内
- FM PORT最終期の特別番組保存記録、Thank you for FMPORT、公式サイトのウェブアーカイブを基に整理
- 各ラジオ局や地域コミュニティFM局の周波数一覧、新潟県、2026年1月5日更新






















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