第19回ホクリク・デジコミーティング開催のご報告

MROラジオの歴史を時系列で紹介〜略称はなぜMROになった?〜

アマチュア無線局 JF9OYU/ライセンスフリー無線局 いしかわJK946 です。いつもブログをお読みいただきまして、心より感謝申し上げます。

さて、石川県を放送対象地域とするMRO北陸放送は、北陸地方で最も長い歴史を持つ民間放送局です。ラジオ放送の開始は1952年。テレビ放送が始まるよりも6年以上早く、MROの歴史はラジオから始まりました。

その後、七尾、山中、輪島にAM中継局を設け、石川県内の広い地域へ放送を届けてきました。しかし、送信設備の老朽化や維持費の増加、ワイドFMやradikoの普及などを背景に、2024年から一部のAM中継局が運用を休止しています。

この記事では、MROラジオの誕生から現在までの歩みを、中継局の開局とAM停波の流れを含めて時系列で紹介します。

MROラジオのAM放送はすべて停波したわけではない

最初に確認しておきたいのは、MROラジオのAM放送がすべて終了したわけではないという点です。

2024年8月1日から運用を休止しているのは、輪島AM中継局、七尾AM中継局、山中AM中継局の3局です。金沢市にある親局は現在も1107kHz、出力5kWで放送を続けています。

したがって、本稿でいう「AM停波」とは、MROラジオ全体のAM放送終了ではなく、県内3カ所のAM中継局における運用休止を指します。休止中の中継局は、特例措置の期間終了後に廃止される可能性がありますが、現時点では運用休止の段階です。

1951年 北陸文化放送の設立

MROラジオの前身となる北陸文化放送株式会社は、1951年12月に設立されました。

当時は、1950年に施行された放送法によって民間放送への道が開かれ、全国各地で民間ラジオ局の開局準備が進んでいた時期です。北陸文化放送には、コールサイン「JOMR」、周波数700kc、出力500Wの予備免許が交付されました。

「kc」は現在の「kHz」に相当する当時の周波数表記です。

1952年5月10日 MROラジオが放送開始

1952年5月10日、北陸文化放送は金沢市からラジオ放送を開始しました。日本国内では12番目、日本海側では初めて開局した民間放送局とされています。

開局当初のコールサインはJOMR、周波数は700kc、出力は500Wでした。現在のようにテレビやインターネットが普及していなかった時代、ラジオはニュース、天気予報、娯楽、地域情報を家庭へ届ける重要なメディアでした。

同年11月には社名を「北陸文化放送株式会社」から「北陸放送株式会社」へ変更しています。なお、社名変更日は公開資料によって11月1日と11月28日の記載があるため、本稿では確実に確認できる範囲として「1952年11月」としています。

1953年 終日放送を開始

開局翌年の1953年5月、MROラジオは早朝から深夜までの終日放送を開始しました。同年8月には金沢局の周波数を700kcから760kcへ変更しています。

放送時間の拡大によって、朝のニュースや生活情報、昼間の娯楽番組、夜の音楽番組など、現在につながるラジオ番組編成の基礎が整えられていきました。

1954年から1956年 能登地方へ放送を届ける七尾放送局

金沢市から送信されるAM電波だけでは、能登半島の地形や距離の影響によって受信しにくい地域がありました。そこで、MROは能登地方を対象とする七尾放送局の設置を進めます。

1954年3月に七尾放送局の免許を申請し、1955年12月にコールサイン「JOMO」、周波数1060kc、出力100Wの予備免許を取得しました。1956年3月1日には七尾放送局が開局し、能登地方における受信環境が改善されました。

1956年 略称「MRO」を制定

1956年1月、北陸放送は現在も使われている略称「MRO」を制定しました。

この名称の由来については、記事の最後で詳しく紹介しますが、金沢局のコールサイン「JOMR」と七尾局のコールサイン「JOMO」を組み合わせたものです。

1958年 テレビ放送の開始

1958年12月1日、北陸放送はテレビ放送を開始しました。これによって北陸放送は、ラジオとテレビの両方を運営する放送事業者となります。

現在はテレビ局としての印象も強いMROですが、会社設立と放送開始の原点はラジオにあります。

1961年 山中AM中継局が開局

加賀地方の山間部における受信環境を改善するため、1961年5月1日に山中放送局が開局しました。

山中放送局は、1960年に周波数800kc、出力20Wで予備免許を受け、その後、本放送を開始しています。後年には周波数が1485kHzとなり、加賀市の山中温泉周辺を中心にMROラジオの放送を届けてきました。

1965年 JRNに加盟

1965年、MROラジオはTBSラジオを中心とするラジオネットワーク「JRN」に加盟しました。

ネットワークへの加盟によって、全国ニュースやプロ野球中継、音楽、娯楽番組などを全国の放送局と相互に配信できる体制が整いました。1980年には文化放送とニッポン放送を中心とする「NRN」にも加盟し、JRNとNRNの両方に加盟するクロスネット局となっています。

1968年 現在の本社・放送会館が完成

1968年9月、金沢市本多町に現在の放送会館が完成しました。同年10月から、ラジオとテレビの放送機能を同じ建物に集約して運用を始めています。

それまで分散していた放送設備や制作部門が集められ、ラジオ番組の制作・送出体制も強化されました。

1978年 AMラジオの周波数間隔を変更

1978年11月23日、国際的な取り決めに伴い、日本のAMラジオ放送は周波数の間隔を10kHzから9kHzへ変更しました。

MROラジオでも周波数が変更され、現在使われている1107kHzや1485kHzにつながる周波数体系へ移行しました。全国のAMラジオ局が一斉に周波数を変更した、放送史上の大きな出来事でした。

1983年から1984年 同期放送と輪島AM中継局

1983年8月、MROラジオはAM中継局の同期放送を開始しました。同期放送とは、複数の送信所が同じ周波数で同じ番組を放送する仕組みです。

1984年には七尾局の周波数が1107kHzへ変更され、金沢局と同じ周波数になりました。同年8月には輪島AM中継局が正式に運用を開始し、周波数1107kHz、出力100Wで奥能登地域へ放送を届けました。

これにより、金沢、七尾、輪島の3局が1107kHzを使用する体制となり、ラジオの周波数を変えずに県内を移動しながら聴取しやすくなりました。

2011年 radikoによるインターネット配信を開始

2011年10月、MROラジオはインターネットを通じてラジオ番組を配信する「radiko」に参加しました。

これにより、石川県内ではパソコンやスマートフォンを利用してMROラジオを聴けるようになりました。電波の受信状態に左右されにくく、雑音の少ない音声で聴取できることから、ラジオの新しい視聴手段として定着していきます。

2016年 金沢FM補完局が開局

AMラジオ放送は、建物内や電気機器の近くで雑音が入りやすく、都市部では受信しにくい場合があります。また、送信所が災害による津波や浸水の影響を受ける可能性もあります。

こうした課題を補うために整備されたのが、AMラジオ番組をFM電波で放送する「FM補完放送」です。「ワイドFM」とも呼ばれています。

MROラジオでは2016年7月に金沢FM補完局の免許を取得し、同年8月1日から94.0MHzで本放送を開始しました。

2017年 七尾・輪島FM補完局が開局

2017年12月には、七尾FM補完局と輪島FM補完局が本放送を開始しました。

七尾局は88.6MHz、輪島局は77.1MHzです。能登地方にもFM補完放送のエリアが広がり、AM放送が受信しにくい場所でもMROラジオを聴取できる環境が整えられました。

2018年 珠洲FM補完局が開局

2018年11月には、奥能登をカバーする珠洲FM補完局が76.7MHzで運用を開始しました。

輪島局と珠洲局が整備されたことで、能登半島北部におけるFM放送の受信範囲が広がりました。

2023年 羽咋FM補完局が開局

2023年9月25日、羽咋FM補完局が93.1MHzで本放送を開始しました。

金沢、七尾、輪島、珠洲、羽咋のFM補完局がそろったことで、MROラジオはAM中継局に依存しない放送体制を段階的に構築していきました。

なお、金沢局の94.0MHzと羽咋局の93.1MHzは、従来のFMラジオが対応していた90MHzを超える周波数です。受信にはワイドFM対応ラジオが必要です。七尾、輪島、珠洲の各局は90MHz未満のため、一般的なFMラジオでも受信できます。

2024年 能登半島地震とラジオ送信所

2024年1月1日に発生した能登半島地震では、停電や通信網の寸断が続き、能登地方の放送設備も大きな影響を受けました。

輪島のAM・FM送信所では非常用電源の燃料や蓄電池が消耗し、一時的に放送が停止しました。AM放送は1月6日に暫定復旧し、FM放送も1月14日に復旧、1月21日までに通常の送信体制へ戻りました。

災害時におけるラジオの重要性と同時に、送信設備へ電力や燃料を供給し続ける難しさも改めて明らかになりました。

2024年8月1日 3つのAM中継局が運用休止

MROラジオは2024年8月1日、輪島、七尾、山中のAM中継局の運用を休止しました。

休止した中継局は次の3局です。

  • 輪島AM中継局:1107kHz
  • 七尾AM中継局:1107kHz
  • 山中AM中継局:1485kHz

運用休止は、総務省が実施する「AM局の運用休止に係る特例措置」に基づくものです。一定期間AM中継局の電波を止め、FM補完放送やradikoなどによって地域のリスナーが放送を聴き続けられるかを確認します。

休止期間中も金沢親局の1107kHzは放送を継続しており、AM電波が届く地域では引き続き受信できます。

2024年9月 輪島AM中継局を災害対応で一時再開

2024年9月、奥能登地方を記録的な大雨が襲いました。MROは災害情報を届けるため、運用を休止していた輪島AM中継局の1107kHzを一時的に再開しました。

FM補完放送への移行が進む一方で、災害による停電や通信障害が発生した場合には、AM中継局が地域へ情報を届ける手段として役立つ可能性があることを示した事例です。その後、輪島AM中継局は再び運用休止となっています。

なぜMROはAM中継局を休止したのか

MROが公表した報告では、AM中継局を休止する背景として、送信設備の維持に多額の費用が必要になることが挙げられています。

AM放送には大型のアンテナ鉄塔、送信機、電源設備などが必要です。開局から長い年月が経過した中継局では、鉄塔や送信機が更新時期を迎えています。設備を新しくして放送を続けるには、相当な投資と維持管理費が必要になります。

一方、MROは2016年から2023年にかけて県内5カ所にFM補完局を整備し、radikoによるインターネット配信も行っています。このため、AM中継局を休止しても放送を聴取できる地域が広がったと判断されました。

ただし、FM放送を受信できない地域が残る可能性や、災害時にインターネットや携帯電話回線が使えなくなる可能性もあります。MROの検証報告でも、こうした課題やリスナーから寄せられた不安が示されています。

AM中継局の休止は単なる経費削減ではなく、放送の継続性、災害への備え、地域の受信環境をどのように確保するかという課題を含んでいます。

2026年現在のMROラジオの受信方法

2026年7月2日現在、輪島、七尾、山中のAM中継局は運用休止が続いています。公表されている特例措置では、MROの休止期間は2026年9月30日まで延長されています。

MROラジオは、次の周波数で聴取できます。

  • AM金沢親局:1107kHz
  • FM金沢局:94.0MHz
  • FM七尾局:88.6MHz
  • FM輪島局:77.1MHz
  • FM珠洲局:76.7MHz
  • FM羽咋局:93.1MHz
  • インターネット配信:radiko

特例措置の終了後、休止中のAM中継局が廃止される可能性はありますが、正式な廃止が決定するまでは「AM放送終了」ではなく「AM中継局の運用休止」と表現するのが正確です。

2027年に向けて「MROラジオ」を分社化

北陸放送は、ラジオ事業を分社化する方針を発表しています。

2026年4月1日に分割準備会社として「株式会社MROラジオ」を設立し、総務省などの認可を条件として、2027年4月1日に北陸放送のラジオ事業を承継する計画です。

放送自体が終了するのではなく、ラジオ事業を独立した会社として運営するための組織変更です。開局75周年を迎える2027年、MROラジオは新たな経営体制へ移行する予定です。

トピックス なぜ「MRO」という略称になったのか

「北陸放送」の英語表記はHokuriku Broadcasting Co., Ltd.です。そのため、社名の英語表記だけを見ると、なぜ略称が「MRO」なのか不思議に感じるかもしれません。

MROという名称は、英語の社名を省略したものではありません。ラジオ局に割り当てられたコールサインが由来です。

金沢局のコールサインは「JOMR」、かつて七尾局に割り当てられていたコールサインは「JOMO」でした。

金沢局の「MR」と七尾局の「O」を組み合わせて、

MR+O=MRO

となったのが、MROという略称の由来です。

1956年1月に略称として制定され、その後はテレビとラジオを含む北陸放送全体の呼称として定着しました。現在、七尾局の独自コールサインJOMOは使われていませんが、文字の一部は「MRO」という名称の中に残されています。

まとめ

MROラジオは1952年5月10日、日本海側初の民間放送局として放送を開始しました。その後、七尾、山中、輪島にAM中継局を整備し、石川県内の広い地域へ放送を届けてきました。

2011年にはradikoによるインターネット配信を始め、2016年以降は金沢、七尾、輪島、珠洲、羽咋にFM補完局を開局しました。こうした受信手段の多様化を受け、2024年8月から輪島、七尾、山中のAM中継局が運用を休止しています。

ただし、金沢親局の1107kHzは現在も放送を継続しています。MROラジオのAM放送がすべて終了したわけではありません。

AMからFM、さらにインターネット配信へと聴取方法が広がるなか、災害時を含めて地域へ確実に情報を届けるには、どのような放送網が望ましいのか。MROラジオの歴史は、地方ラジオ局が直面している設備維持と放送継続の課題を映し出しているともいえるでしょう。

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この記事は2026年7月2日時点で公表されている北陸放送、総務省関連資料、民間放送業界資料などを基に作成しています。歴史資料によって日付の記載が異なる項目については、断定を避けて記載しています。

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