AM中波放送は災害情報をどこまで届けられるのか〜福井大学の庄司英一准教授が能登半島で検証〜

アマチュア無線局 JF9OYU/ライセンスフリー無線局 いしかわJK946 です。いつもブログをお読みいただきまして、心より感謝申し上げます。

さて、福井大学の庄司英一准教授が2026年8月12日、2024年能登半島地震を事例として、災害時におけるAM中波放送の有用性を検証した論文をarXivで公開されました。

論文の英語題名は「Disaster Information Reachability of Medium-Wave AM Broadcasting as a Wide-Area Disaster Information Infrastructure: Lessons from the 2024 Noto Peninsula Earthquake」です。

日本語では「広域災害情報インフラとしてのAM中波放送の災害情報到達可能性 2024年能登半島地震からの教訓」と訳すことができます。

論文は全40ページ、図7点、表2点で構成され、信号処理と物理学・社会の分野に登録されています。論文情報には、Journal of Disaster Researchへ投稿中であることも記載されています。

なお、今回公開されたものはarXiv上のプレプリントです。学術的に重要な研究成果ですが、現時点では査読を経た論文誌への掲載決定を意味するものではありません。

庄司英一准教授について

庄司英一准教授は、福井大学学術研究院工学系部門に所属しています。福井大学の研究者情報では、高分子材料、ナノ材料科学、通信工学、環境発電工学、音楽情報工学など、幅広い研究分野が紹介されています。

中波放送の電波を利用した電波発電や、外部電源を必要としない無給電ラジオ「HOOPRA(フープラ)」の研究にも取り組んでいます。

今回の論文は、電波伝搬の測定だけではなく、能登半島地震で露呈した情報インフラの弱点と、住民が実際に情報を受け取れる環境まで考察した内容です。

「発信された情報」と「届いた情報」は同じではない

本論文で提示された重要な考え方が「災害情報到達性」です。

災害が発生すると、テレビ、ラジオ、インターネット、携帯電話、防災行政無線、SNSなどから、多くの情報が発信されます。しかし、情報が発信されたことと、その情報を必要とする人が受け取れたことは同じではありません。

2024年1月1日の能登半島地震では、最大震度7を観測し、地震直後から大規模な停電、通信障害、道路の寸断が発生しました。津波警報が発表された沿岸部でも、テレビを視聴できない世帯や、携帯電話がつながりにくくなった地域がありました。

能登半島のテレビ・FM中継局も相次いで停電しました。輪島TV・FM中継局では、道路の崩落などにより陸路での燃料輸送が困難となり、自衛隊のヘリコプターによる燃料輸送が行われています。

地震や津波に関する情報が全国へ放送されていても、停電や通信障害のために被災者が受け取れなければ、避難行動には結び付きません。

庄司准教授は、必要な情報を必要な人へ、必要とされる時点で届けられる能力を「災害情報到達性」として捉えています。

金沢市から珠洲市まで受信状況を調査

現地調査は、能登半島地震から約8か月半が経過した2024年9月15日に行われました。

金沢市から、のと里山海道と珠洲道路を経由して珠洲市へ移動し、トヨタ・プリウスの車載ラジオを使用してAM放送とFM放送の受信状況を確認しています。

珠洲市では、市役所周辺を定点として、市販ラジオのTECSUN PL-368と、直径60センチ及び80センチのHOOPRAを用いた測定が行われました。

車載ラジオによる調査では、金沢市周辺ではAM、FMともに良好に受信できましたが、北へ進むにつれて両者に差が現れました。

FM放送は、山間部や丘陵地で雑音が増え、受信局の切り替えや再スキャンが必要になる区間が繰り返し発生しました。珠洲市へ近づくほど、安定して受信できる局も少なくなりました。

一方のAM放送は、受信レベルが低下して多少の雑音が増えても、放送内容を聞き取れる状態が比較的長く続きました。災害時には音質よりも、音声情報が途切れず届くことが重要です。この点で、AM放送の広域性が確認されています。

珠洲市で県外のAM放送を受信

珠洲市役所周辺の定点調査では、石川県内だけでなく、富山県、新潟県、福井県、秋田県、東京都などから送信されるAM放送が確認されました。

富山市から送信されるNHKラジオ第1と北日本放送は、直線距離約81キロ、出力5キロワットながら、良好な受信状態を示しました。

新潟市のNHKラジオ第1は約145キロ離れていますが、出力10キロワットの電波を明瞭に受信しています。

特に注目されるのが、秋田県のNHKラジオ第2です。秋田県大潟村の送信所から珠洲市までの距離は約375キロありますが、出力500キロワットの774kHzが良好に受信されました。

一方、約258キロ離れた埼玉県久喜市の菖蒲久喜ラジオ放送所から送信されていたNHK東京ラジオ第1とラジオ第2は、秋田局より距離が短いにもかかわらず、受信レベルが低く、雑音も多い結果となりました。

論文では、この違いについて、送信所から珠洲市までの距離だけではなく、電波が海上を通る割合が大きく関係していると分析しています。

秋田県大潟村から珠洲市までの経路は、その多くが日本海上です。中波は、導電率の高い海面上では陸上よりも減衰が小さくなるため、遠距離でも届きやすくなります。

これに対して、菖蒲久喜ラジオ放送所からの経路には、関東平野や県境の山岳地帯など、長い陸上区間が含まれます。

珠洲市は地理的には半島の先端ですが、電波伝搬の面では、日本海沿岸各地の放送波が集まる場所でもあることが示されました。

FM放送は近隣中継局への依存度が高い

FM放送では、珠洲市役所から約11キロ離れた能登町の中継局が良好に受信されました。一方、野々市市、七尾市、富山市、新潟市、福井市などからのFM放送は、受信できても不安定な状態でした。

FM放送は音質に優れていますが、超短波帯を使用するため、山や地形の影響を受けやすい特徴があります。半島の山間部へ安定して届けるには、中継局が欠かせません。

その中継局が停電、設備損傷、燃料不足などによって停止すると、サービスエリア全体が一度に影響を受ける可能性があります。

AM放送とFM放送のどちらかが一方的に優れているということではありません。地域に密着したFM中継局と、県境を越えて届くAM中波放送を組み合わせることが、災害時の情報経路を増やすことにつながります。

HOOPRAによる受信感度の向上

今回の調査では、庄司准教授が開発した無給電ラジオ「HOOPRA」も使用されました。

HOOPRAは、中波放送の電波が持つエネルギーだけで動作する受信装置です。電池や外部電源を必要としないだけでなく、市販ラジオのフェライトバーアンテナと磁気的に結合させることで、受信感度を高めるループアンテナとしても利用できます。

珠洲市役所で直径80センチのHOOPRAを市販ラジオに組み合わせたところ、受信機に表示されたRSSIは、NHK金沢ラジオ第1で24から55、NHK金沢ラジオ第2で15から46、福井放送で24から50へ上昇しました。

停電時でも使用できる受信設備の可能性を示す結果ですが、今回使用された80センチ型は定点測定向けです。避難時の携帯性、量産性、操作性などについては、今後の実用化に向けた検討が必要になるでしょう。

NHKラジオ第2の全国ネットワークが持っていた冗長性

調査が行われた2024年当時、NHKラジオ第2は、札幌、秋田、東京、大阪、熊本などに300キロワットから500キロワット級の送信所を持つ全国的な中波ネットワークを形成していました。

珠洲市では、秋田、東京、大阪など、複数方向からラジオ第2を受信できることが確認されました。ある送信所が被災しても、別の地域から情報を受信できる可能性があったことになります。

しかし、NHKラジオ第2は2026年3月29日深夜をもって放送を終了しました。現在はNHK AMとNHK FMの2波体制に再編されています。

今回の論文は、すでに失われたラジオ第2の高出力全国ネットワークが、災害時の冗長な情報経路としてどのような潜在能力を持っていたのかを、受信測定によって示した記録でもあります。

今後は、NHK AM、民間AM放送、FM中継局、インターネット、衛星通信、防災行政無線などを、どのように重ね合わせていくのかが問われます。

この研究を読む際に押さえておきたい点

今回の測定は、地震発生当日の受信状況を記録したものではありません。地震から約8か月半後の2024年9月15日に、復旧した道路を使って実施された調査です。

したがって、2024年1月1日に、どの地域の住民がどの放送局から、どのような避難情報を実際に聞いたのかを直接証明するものではありません。

珠洲市役所周辺を中心とした一日の測定であり、季節、時間帯、天候、受信場所、アンテナの向き、周辺の電気雑音などによって結果は変化します。遠距離受信については、海上を進む地表波だけでなく、夜間の電離層伝搬が関係する場合もあります。

また、遠方の放送局が受信できたとしても、その局が珠洲市の避難所、道路、給水、安否確認といった地域情報を放送しているとは限りません。

電波が届くこと、必要な内容が放送されること、住民が受信機を持っていること、正しく聞き取って行動できること。このすべてがそろって、初めて災害情報は役割を果たします。

それでも、道路、電力、携帯電話網から独立して県境を越えて届く放送波の存在を、実地測定によって示した意義は大きいと考えます。

災害情報は一つの手段に依存しない

インターネットや衛星通信は、被災状況を画像や文字で詳しく伝えられます。一方で、基地局、回線、電源、端末、通信契約、操作能力など、複数の条件が必要です。

ラジオ放送は、一度送信した電波を何人が受信しても回線が混雑しません。乾電池で長時間動作する受信機や車載ラジオも利用できます。

災害対策として重要なのは、インターネットかラジオかを選ぶことではなく、性質の異なる情報経路を残すことです。

自宅や車には、AM・FM両方を受信できるラジオと予備電池を用意し、地域の放送局だけでなく、広域で受信できる放送局の周波数も平常時に確認しておく必要があります。

無線や放送に携わってきた者として、今回の論文から最も重く受け止めたのは、情報を発信した実績ではなく、その情報が被災者の手元まで届いたかを検証する姿勢です。

AM中波放送は古い技術として整理されがちですが、半島や離島、大規模停電が想定される地域では、現在も検討から外すことのできない災害情報インフラです。

論文を見る方法

論文は、arXivで無料公開されています。

次の論文ページを開き、「View PDF」を選択すると、40ページの英語版PDFを閲覧またはダウンロードできます。

論文番号は「arXiv:2608.11925」です。論文ページには英語の抄録、著者名、提出日、研究分野、PDFへのリンクが掲載されています。

本稿では、著作権などの知的財産権に配慮し、論文の図表や本文を転載せず、研究内容と主要な測定結果を筆者の言葉で要約しました。詳細な測定条件、図、放送局別の数値、参考文献については、原論文をご確認ください。

参照

 

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