第1回ホクリク・デジコミーティング出張編開催のお知らせ

令和6年能登半島地震でテレビ・ラジオ中継局はなぜ停波したのか〜石川県内の被害と復旧対応を時系列で検証〜

アマチュア無線局 JF9OYU/ライセンスフリー無線局 いしかわJK946 です。いつもブログをお読みいただきまして、心より感謝申し上げます。

さて、2024年1月1日16時10分、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生し、輪島市と志賀町で最大震度7を観測した。地震と津波によって道路、電力、通信、水道などのライフラインが広範囲に寸断される一方、住民の避難や安否確認、給水、通行止め、支援物資などの情報を伝えるテレビ・ラジオの重要性は急速に高まった。

ところが、その情報を送り出す放送中継局もまた被災していた。石川県内では、羽咋FM中継局の送信設備が地震動によって損傷したほか、奥能登の中継局が長期停電に見舞われ、非常用電源の枯渇や燃料補給の困難から、テレビやFM放送が一時的に停波した。

ただし、「地震で中継局が壊れて放送が止まった」という単純な出来事ではない。実際には、地震動による直接的な設備被害よりも、商用電源の喪失、道路の寸断、燃料輸送の困難、冬季の悪天候といった複数の要因が連鎖した結果、放送継続が困難になった局所が多かった。

本稿では、総務省、日本放送協会(NHK)の技術報告、日本民間放送連盟の調査報告などを照合し、石川県内のテレビ・ラジオ中継局で何が起きたのか、放送再開までにどのような対応が取られたのかを時系列で整理する。

本稿における「中継局」と「停波」の考え方

放送中継局は、親局や上位の中継局から送られてきた番組を受信し、担当する地域に向けて別の周波数で再送信する施設である。山頂や高台に設けられることが多く、平常時には広い範囲を効率よくカバーできる一方、災害時には道路の崩落や積雪によって技術者が到達できなくなる弱点を持つ。

また、一つの山や局舎にNHK、民放テレビ4社、FM放送局など複数事業者の送信設備が設置されている場合がある。このため、本稿では物理的な場所を「局所」、各事業者の放送設備を「中継局」と区別して考える。

「停波」とは、原則として送信設備から放送電波が出なくなった状態をいう。中継局が放送を続けていても、住宅側の停電、受信アンテナの損傷、ケーブルテレビ網の断線などによって視聴できない場合があるため、「中継局が放送していること」と「すべての世帯で受信できること」は同義ではない。

能登半島の放送網が抱えていた地理的条件

能登半島では、七尾中継局が珠洲、輪島、東門前方面へ放送を送る重要な拠点となっている。さらに輪島中継局は、輪島市内の視聴者だけでなく、下位の中継局や自治体のケーブルテレビにも放送を供給する役割を担っていた。

つまり、主要な中継局が止まれば、その局の直接的な放送区域だけでなく、さらに先に連なる中継局やケーブルテレビにも影響が波及する可能性があった。半島という地形上、金沢方面から奥能登へ向かう道路は限られており、幹線道路と中継局への管理道路が同時に被災すれば、代替ルートを確保しにくい。これが今回の復旧を難しくした大きな要因である。

NHK技術者による報告では、奥能登地域の中継局は一時的にすべて停電状態となった。非常用発電機や蓄電池によって放送を継続した局も多かったが、停電が約1か月に及んだ局所もあった。一方、地震の揺れによる設備損傷が直接の原因となって放送が停止した局所は羽咋FM中継局であり、ほかの長期停波は主として停電と現地への到達困難によるものだったと報告されている。

電子情報通信学会誌「令和6年能登半島地震におけるTV/FM中継局と避難所の対応について」

石川県内で停波したテレビ・FM中継局

総務省が公表した最終的な整理を基準にすると、主な停波状況は次の通りである。

局所・放送サービス停波から送信再開まで推計影響世帯数主な原因放送再開の方法
羽咋FM中継局(NHK-FM・エフエム石川)1月1日~1月2日約2万世帯鉄塔・送信アンテナの損傷仮設アンテナ設置
東門前テレビ中継局(民放4社)1月2日~1月5日約1,400世帯停電、蓄電池枯渇、現地設備の損傷携帯発電機と燃料搬入
輪島町野テレビ中継局(NHK・民放4社)1月2日~1月24日約700世帯停電、蓄電池枯渇、進入路寸断商用電源回復
輪島町野FM中継局(NHK-FM)1月2日~1月24日約700世帯停電、蓄電池枯渇、進入路寸断商用電源回復
輪島FM補完中継局(MRO北陸放送)1月3日~1月14日約6,000世帯非常用電源枯渇、継続的な燃料補給困難仮設送信所設置
舳倉テレビ中継局(民放4社)1月4日~1月21日約30世帯停電、現地への到達困難商用電源回復

影響世帯数は放送区域から推計されたもので、実際に受信不能となった人数や世帯数を直接調査した結果ではない。また、放送区域の重複や発生日時の違いがあるため、各局の数字を単純に合計することはできない。

地上デジタルテレビでは、東門前、舳倉、輪島町野の3局所で停波し、最大で約2,130世帯に影響した。ラジオでは、羽咋FM中継局の停波による約2万世帯への影響が最大と整理されている。

総務省「令和6年能登半島地震における放送分野の状況」

2024年1月1日―地震発生、奥能登の中継局が一斉に非常用電源へ

地震発生直後、能登地域の多くの中継局で商用電源が失われ、自動的に蓄電池や非常用発電機へ切り替わった。金沢市内にある各放送局の本社や親局には、放送継続に重大な影響を及ぼす被害は確認されなかったが、能登の中継局からは停電や送信設備異常を知らせる警報が相次いだ。

この段階では、多くの局が放送を継続していた。蓄電池には一定の電力が残り、発電機にも燃料があったからである。しかし、非常用電源は永久に使えるものではない。蓄電池だけの中継局では、一般に1~2日程度で電力が尽きる。発電機を備えた局でも、燃料補給と保守作業を続けなければ停止する。

一方、羽咋FM中継局では停電とは異なる被害が発生した。金沢の監視装置に送信アンテナの異常警報が出たため、翌2日に技術者が点検したところ、局舎屋上の鉄塔が中間部で折損していることが判明した。NHK-FMとエフエム石川の放送は発災直後から停波した。

2024年1月2日―羽咋FMは仮設アンテナで復旧、奥能登では停波が始まる

羽咋FM中継局には、名古屋から緊急輸送された非常用送信アンテナが設置された。総務省北陸総合通信局との調整のもと、非常災害時の「臨機の措置」によって仮設アンテナから放送を再開し、NHK-FMとエフエム石川羽咋中継局85.5MHzは2日午後までに復旧した。

同じ1月2日、奥能登では蓄電池の電力が尽き始めた。民放4社の東門前テレビ中継局と、NHK・民放4社の輪島町野テレビ中継局、NHK-FM輪島町野中継局が停波した。

輪島町野中継局は、国道や県道だけでなく、山麓から中継局に至る管理道路も大きく損傷していた。蓄電池が枯渇しても、携帯発電機や燃料を安全に運び込める徒歩ルートさえ確保できなかった。複数回にわたって現地調査が行われたが、技術者の安全を確保できる進入経路は見つからず、復旧は商用電源の回復を待たざるを得なかった。

2024年1月3日から5日―輪島FM補完中継局と舳倉テレビ中継局も停波

1月3日には、MRO北陸放送の輪島FM補完中継局77.1MHzが停波した。非常用電源が枯渇し、道路状況から継続的な燃料補給が困難になったことが主因である。

七尾中継局では1月3日に商用電源が回復したため、停波には至らなかった。七尾局は珠洲、輪島、東門前方面へ放送を送る拠点であり、もし非常用電源が尽きていれば、奥能登の広い範囲に影響が波及する可能性があった。後日の調査では、局舎の基礎部分に沈下などの被害が確認されており、放送を継続できたとはいえ、設備面では深刻な「ニアミス」だったと評価できる。

1月4日には、民放4社の舳倉テレビ中継局も停波した。現地には携帯発電機や燃料が備蓄されていたものの、局所に到達できず、仮にヘリコプターで発電機を運べても、おおむね4時間ごとの給油が必要だった。継続的な運用を現実的に維持できないと判断され、商用電源の回復を待つことになった。

一方、東門前テレビ中継局では、技術者が携帯発電機と燃料を運び上げて応急運転を開始した。平常時なら車止めから徒歩5分ほどの場所だが、道路の地割れや崩落によって、現地まで約1時間歩かなければならなかった。

民放業界の報告では、MROを除く民放3社は4日に送信を再開し、送信機にも損傷があったMROが5日に復旧したとされる。総務省資料では民放4社を一括して「1月5日停波解消」と整理している。以後も携帯発電機による運転は続き、1月29日に商用電源が回復、30日に発電機から商用電源へ切り替えられた。

民放online「能登半島地震 地元局の1カ月を聞く」

停波を免れた輪島中継局―自衛隊ヘリで燃料を輸送

輪島市の基幹的なテレビ・FM中継局も、発災直後から長期間停電した。この局所は輪島市中心部をカバーするだけでなく、下位の中継局やケーブルテレビへ放送を供給する拠点でもあり、停止すれば輪島市の広い範囲でテレビ・FM放送を届けられなくなる可能性があった。

NHKの設備には、東日本大震災の教訓を受けて増設された大型燃料タンクがあり、地震発生時の残量から約12日間は発電機を運転できる見込みだった。しかし、中継局へ向かう道路は崩落や地割れが相次ぎ、電柱も倒壊していたため、陸路による燃料輸送も商用電源の早期復旧も難しかった。

そこで自衛隊の協力を受け、ヘリコプターによる燃料輸送が行われた。中継局の近くには着陸できる場所がなく、ヘリコプターは上空10~20メートル付近でホバリングし、技術者と燃料を降ろした。降下した技術者は、背負子などを使って燃料を人力で運んだ。積雪が1メートルを超えた日もあり、降下地点によっては約400メートルを歩いて運搬したという。

NHKの技術報告では、計5回の飛行で1,580リットルを給油したとされる。民放側でも幹事局を中心に3日おきの燃料補給が行われ、日本民間放送連盟の報告では計6回のヘリ輸送が実施された。これはNHKと民放の設備・作業をそれぞれ集計した数字であり、単純な食い違いではない。

また、発電機は燃料さえあれば無期限に運転できるわけではない。連続運転によってVベルトにたわみが確認されたため、民間ヘリで仮設発電機を搬入し、放送を止めずに電源を切り替えたうえで、エンジンオイルや消耗部品の補修が行われた。

さらに、発電機の故障や燃料枯渇に備え、輪島市内のNHK輪島ラジオ中継局からテレビ電波を送信するバックアップ設備も準備された。結果的に使用されなかったが、「現在の中継局を守る」だけでなく、「別の場所から市街地へ電波を出す」という地理的な冗長化まで用意されていたことは重要である。

輪島中継局では民放設備が1月21日、NHK設備が22日に商用電源へ復帰し、約3週間にわたる非常用電源運転を終えた。

2024年1月14日―MRO輪島FM補完中継局を仮設送信所で代替

MRO北陸放送の輪島FM補完中継局は、停波から約11日後の1月14日、輪島市街地を中心にカバーする仮設送信所を設置して放送を再開した。

これは既存の中継局が復旧するまで待つのではなく、到達可能な別地点に送信設備を設けることで、主要な居住地域へ放送を届ける方法である。既存局所の商用電源は21日に回復し、本来の設備による放送へ戻った。

同じ局所の設備が使用できなくても、仮設送信所、受信ルートの変更、出力やアンテナ条件の変更などを組み合わせれば、限定的ながら放送区域を回復できる。この事例は、FM補完放送においても「送信所の非常電源」だけではなく、「代替送信地点をどこに置くか」という事前検討が必要であることを示している。

2024年1月21日から24日―長期停波した局所が相次いで復旧

1月21日、商用電源の回復によって舳倉テレビ中継局の民放4社が放送を再開した。同日にはMRO輪島FM補完中継局の既存設備も商用電源へ復帰した。

1月24日には、最後まで停波が続いていた輪島町野テレビ中継局とNHK-FM輪島町野中継局が、商用電源の回復によって復旧した。これにより、総務省が把握していた石川県内の地上テレビ・ラジオ中継局の停波はすべて解消された。

ただし、1月24日はあくまでも「放送サービスが再開した日」である。東門前局のように携帯発電機で放送を継続していた局所もあり、鉄塔、局舎基礎、管理道路などの恒久復旧が完了した日ではない。放送再開、商用電源復帰、設備の本格復旧は、それぞれ別の段階として区別する必要がある。

地上波が届かない地域をBS103チャンネルで補完

能登地域では、地上デジタル放送への移行時にケーブルテレビによる視聴が広く普及した。しかし今回の地震では、ケーブルテレビのセンター設備、電柱、光ファイバー、同軸ケーブルなども被災した。中継局が放送を続けていても、ケーブルテレビ経由で視聴していた世帯ではテレビが映らないケースが生じた。

このためNHKは、2024年3月末に放送終了を予定していた旧BSプレミアムのBS103チャンネルを活用し、1月9日からNHK金沢放送局の地域ニュースと全国ニュースを臨時放送した。1月12日からは、金沢局の総合テレビで放送するほぼすべての番組へ対象を拡大した。

衛星放送は地上の中継局やケーブル伝送路を経由しないため、BSアンテナと受信機、電源が確保できれば視聴できる。ただし、この措置はNHK総合テレビを対象としたものであり、民放テレビやFMラジオを代替するものではなかった。ケーブルテレビ網の復旧が進んだことから、BS103チャンネルによる臨時放送は6月30日に終了した。

NHK「能登半島地震に伴う衛星放送活用の臨時対応について」

避難所へラジオ約1,200台、テレビ・アンテナを約120か所に設置

災害時の放送は、送信所から電波を出すだけでは成立しない。避難所や住宅に受信機があり、その受信機を動かす電源が確保されて初めて情報が住民へ届く。

NHKは電子情報技術産業協会の協力を受け、避難所などに約1,200台のラジオ受信機を配付し、約120か所でテレビと受信アンテナの設置を行った。携帯電話網やインターネットが不安定な地域において、乾電池で動作するラジオは、一方向に多数の住民へ同時に情報を届けられる手段となった。

日本民間放送連盟が2024年5月に実施したインターネット調査では、地震発生時に利用可能だった端末として、屋内テレビを挙げた人は67.4%、据え置き・携帯ラジオは14.0%、カーラジオは26.4%だった。調査対象は15~69歳のインターネットモニター721人であり、被災地域全体をそのまま代表する数字ではないが、避難所への受信機配付が重要だったことを理解する参考になる。

日本民間放送連盟「能登半島地震時のメディアの役割に関する総合調査」

技術的に見た能登半島地震の教訓

今回の事例から最も明確に読み取れるのは、放送中継局の耐災害性は、送信機や鉄塔の耐震性能だけでは評価できないということである。

第一に、非常用電源の「持続時間」だけでなく、燃料を補給できるかどうかが重要である。大型燃料タンクを備えていても道路が寸断されれば、いずれ燃料は尽きる。携帯発電機を設置できても、数時間ごと、あるいは毎日の給油が必要なら、技術者の安全、交代要員、宿泊場所、車両、燃料調達を含めた運用計画が必要になる。

第二に、発電機の長期連続運転には保守が欠かせない。Vベルト、エンジンオイル、冷却系統などの消耗を想定し、予備部品と仮設発電機を準備しなければならない。非常用電源は「設置してあること」ではなく、「長期間、安全に保守しながら動かせること」によって初めて機能する。

第三に、道路、電力、通信、放送設備が同じ災害によって同時に失われる「共通原因故障」を考える必要がある。山頂の中継局は受信環境に優れる一方、管理道路が一本しかなければ、その道路の崩落が復旧時間を決定してしまう。設備を二重化しても、同じ局舎、同じ電源、同じ進入路に依存していれば、完全な冗長化とはいえない。

第四に、代替送信所と衛星放送を組み合わせた多層的なバックアップが有効だった。輪島市内の別地点からテレビを送信する準備、MRO輪島FM補完中継局の仮設送信所、BS103チャンネルによるNHK金沢の放送は、それぞれ異なる経路を使って情報を届ける試みだった。

第五に、放送網の共同利用には効率性とリスクの両面がある。複数局が局舎、鉄塔、非常用電源、道路を共同利用すれば、建設や保守を効率化できる。その一方で、一つの鉄塔や電源設備の被災が複数の放送局へ同時に影響する可能性がある。共同利用を進める場合には、予備電源、携帯発電機、燃料、技術者、代替アンテナなどの共同運用ルールまで含めて設計する必要がある。

まとめ―放送を支えていたのは電波だけではなかった

令和6年能登半島地震では、石川県内のテレビ・FM中継局が一時停波したが、その多くは送信機が地震で破壊されたためではなかった。商用電源の停止、蓄電池の枯渇、道路の寸断、燃料輸送の困難、積雪と強風、発電機の長期運転といった問題が連鎖し、放送を止めたのである。

その一方で、羽咋FM中継局への仮設アンテナ設置、東門前局への携帯発電機搬入、輪島中継局への自衛隊ヘリによる燃料輸送、MRO輪島FM補完中継局の仮設送信所、BS103チャンネルによるNHK金沢の臨時放送、避難所への受信機配付など、複数の手段によって放送は段階的に回復した。

放送インフラは、送信機とアンテナだけで構成されているのではない。電力、燃料、道路、輸送手段、技術者、交換部品、中継回線、法的な緊急措置、そして住民側の受信機までが連続して機能して初めて、災害情報は人々へ届く。

能登半島地震の経験は、非常用電源の容量を増やすだけでは十分ではなく、「中継局へどう到達するか」「誰が燃料を運ぶか」「別の場所から放送できるか」「避難所で実際に受信できるか」までを一つのシステムとして考える必要があることを示した。これは能登半島だけの問題ではなく、山間部、離島、半島部に多数の小規模中継局を抱える日本の放送網全体に共通する課題である。

主な参考資料

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